社長、俺!-私がこのブログを始めた理由。

どうも。社長、俺!です。

私は今、とても拘束時間は長いけれど隙間時間がまぁまぁある、不思議な仕事をしている。そしてその合間に、格闘技の試合に出るためにトレーニングをし、フリーランスでの仕事をしている。といっても、どちらもまだ始めたばかりだ。

何年か前、私は精神障害者保健福祉手帳の3級を持っていた。でも、その「枠’」で結局働くことなく、手帳を返納した。20代前半、大学を卒業してすぐに精神科に通院するようになり、40代半ばまで大学病院に通院していたが、電車での通院が面倒になり、近所の小さなクリニックに転院した。そこで医師に改めて自分のことを話すうちに、検査をしましょう、ということになり、あなたは発達障害(ADHD)ですね、ということになった。当初は服薬のみでやっていたが、12回目の転職をした際の上司の前職が、いわゆる、障害者雇用を斡旋する企業の相談員、特に知的・精神障がいの人専門の相談員で、あなたは手帳を取って、「そういう環境」で働いたら、心が落ち着くよ、と言われて手帳を取得した。

結果、「その枠」で働くことは出来なかった。何故か。その時点ですでに転職回数は10回を越えていた。障害者雇用枠での人材紹介会社に登録したが、「転職回数が多すぎるので難しいと思います」と言われ、結局、その枠で働くことなく、合計四捨五入すると20回近い転職を繰り返し、今の不思議な職業に辿り着いた。

そして何故、フリーランスで仕事を始めたか。

私と「同じ側」の人は、多かれ少なかれ、「働く」ということで苦労をしていると感じている。特に、手帳を取れるか取れないか、ギリギリのラインの人は、とても苦労していると思う。手帳を取る前の自分がそうだったように。

有り難いことに、両親が、子供の頃からやべぇ奴だった私を「このままだと本当にやべぇことになる」と予想してか、きちんと教育を受けさせてくれた。

有り難いことに、子どもを産まなくても良いと言ってくれる、気性は荒いが(それはお互い様でもある)きちんとした伴侶を得ることが出来た。

有難いことに、様々な人との出会いが、私を助けてくれた。

でも、私は有り難かった、恵まれていた、良かった、で終わりたくない。

私は、この世の中に、私と同じようなことで困っている人がいることを知っている。

私は偉いわけでも賢いわけでもない。でも、私は有り難いことに、恵まれていた。で終わりにしたくない。

勝った負けたでいうと、負けの人生だ。でも、今、敗者復活戦に挑んでいる。

私と同じようなことで困っている人を助けるとか、そんな大それた偉そうなことはできない。

でも、もしかしたら、私の常軌を逸した図々しさとゼロ距離の人間関係で得た経験をお裾分けできるかもしれない。

そんなことを考えて、その記録として、また自分を叱咤激励するために、これを書き始めた。

何十年か経ってこれを読み返す時に、そして死ぬ時に、私の人生クソ面白かったな、そう思えますように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました